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大阪高等裁判所 昭和56年(う)382号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐伯雄三作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事荒川洋二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

論旨は、原判示第一の有印私文書偽造、同行使の事実について、事実誤認ないし法令適用の誤りを主張し、本件交通事件原票中供述書氏名欄の被告人署名にかかる「石井一明」は、被告人のいわゆる通称であつて、被告人としては、自己を表象する自己の署名として石井一明を使用したにすぎないし、犯意も行使の目的もなかつたから、被告人の所為は有印私文書偽造罪にはあたらず、従つてまた、その行使罪も成立しないのに、原判決は、行使の目的をもつて他人の署名を使用して私文書一通を偽造したとの事実を認定したもので、原判決には、右の点につき事実誤認の違法、もしくは有印私文書偽造罪における「行使の目的」「他人の署名」「偽造」の概念につき法令の適用を誤つた違法があるというのである。

そこで記録を精査しかつ当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、被告人は、昭和四四年一二月二五日、岐阜地方裁判所大垣支部で窃盗罪により懲役六年に処せられ、高山拘置支所で受刑中、昭和四五年四月二六日同拘置支所から逃走し、種々の偽名を使用して逃亡生活を送つているうち、昭和五一年六月建築会社大登建設を設立するにあたつて義弟である石井一明の氏名をその承諾を得て借用することとし、それ以後約二年余りにわたつて右氏名を使用していたが、本件犯行時である昭和五二年二月二〇日当時、右石井一明なる氏名は、少なくとも兵庫県揖保郡太子町を中心とした姫路市方面及び右建築会社の取引関係という範囲においては被告人を指称するものとして通用していたこと、被告人は、本件犯行時、無免許運転の罪につき取調べにあたつた警察官に対し、自己の氏名を石井一明と名乗つてその旨の署名をしたほか、本籍及び生年月日につきいずれも石井一明本人のそれを告げたこと、以上の事実は、関係証拠により十分に認められる。ところで、交通事件原票に表示される被疑者が何人であるかについては、右原票のもつ特質からみて、ひとり表示された氏名のみならず、本籍及び生年月日が重要な意味を持つことは明らかであつて、実在の義弟の氏名のみならず、その本籍、生年月日をも取調官に告知した本件においては、被告人署名にかかる「石井一明」は、客観的にみて被告人以外の人物である石井一明本人を表示するものと認められるのであつて、石井一明なる通称が前記のようにある程度の場所的及び人的範囲において通用していたとしても、右事実が前記認定を左右するものとは考えられない。

そして、被告人の本件署名は、右のように、客観的に被告人以外の人物である石井一明を表示するものと認められることに加えて、被告人は、本件無免許運転の罪につき、その妻を介して、石井一明を姫路簡易裁判所へ出頭させて罰金を払わせていること及び被告人は当時前記のように〓刑者であつて、警察官に対し自己の素性が判明しては困る立場にあつたことなどに徴すると、被告人に犯意及び行使の目的があつたことは十分に認められるのであつて、被告人の所為が有印私文書偽造、同行使罪にあたるとした原判決には所論指摘のような事実誤認の違法はもとより、法令適用の誤りの違法も存在しない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を精査しかつ当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、原判示各犯行は前記のように被告人が〓刑者として逃亡生活中に敢行されたものであるところ、ことに有印私文書偽造、同行使の事案は、無免許運転の罪で取調べを受けた際、〓刑者であることの発覚を恐れて、義弟の氏名をかたり、更に、義弟をして裁判所に出頭させて罰金を払わせるなど、その動機、犯情は軽視しがたいものがあり、原判示第二の無免許運転の罪についても、動機において酌量すべき点がないことなど、本件各犯行の罪質、動機及び態様等に加えて、被告人には窃盗罪の前科が数多くあることに徴すると、被告人は現在建築会社大登建設の再建に努力している最中であり、更生の意欲も認められること、その他所論指摘にかかる諸事情を斟酌しても、被告人に対し懲役八月の刑を科した原判決の量刑が重きに過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

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